2010年8月7日土曜日

我が谷は緑なりき。我が祖母の住まいし故郷の山は緑なりき。我が祖父の住いし海は紺碧なりき。我が国民・市民は正義の旗を高く掲げよ。




我が谷は緑なりき

我が谷は緑なりき。我が祖母の住まいし故郷の山は緑なりき。我が祖父の住いし海は紺碧なりき。我が国民・市民は正義の旗を高く掲げよ。
  

【我が谷は緑なりき】 How Green Was My Valley: ダリル・F・ザナック製作,
ジョン・フォロード監督になる1941年度作品 :アカデミー賞受賞作品
というDVDの映画(500円で購入)を見て、非常に、感動しました。

   
【出展引用リンク1】:
【出展引用リンク1】 引用以下の通り:
幼いR・マクドウォールが父を呼ぶ、冒頭の爽やかなヨーデルのような掛け声が耳について離れない。J・フォードの美しい人間讃歌である。19世紀のウェールズの炭鉱町。ヒューはモーガン家の末っ子で、家の男達はみな炭鉱で働く。学校ではいじめられっ子でも、皆の励ましで悪童に立ち向かい認められる芯のしっかりした少年だ。石炭産業は不況で、賃金カットに抵抗し、組合結成の動きが高まり、長兄イヴォーを始め、一家の若者たちはその先鋒に立つが、父(D・クリスプ)はこれに反対。息子たちは家を出、姉のアンハード(M・オハラ)とヒューだけが残される。新任の牧師グリフィド(W・ピジョン)と姉は秘かに魅かれあっているが、禁欲的な彼を前に、姉は不本意な結婚を承諾、南米へ渡る。川に落ちた母を助けて凍傷になったヒューを親身に励まして以来、グリフィドとは固い絆で結ばれ、彼の奨めでヒューは文学の世界に目覚める。が、長兄が事故死し、ヒューは止むなく学校を中途で辞め、兄に代わって働く。姉が実家に戻った時、グリフィドとの心ない噂が立つが、牧師は卑俗な村人の心を責め、教会を去っていく。ちょうどその日、落盤で父までが犠牲になるのだった……。不幸なことばかりの少年時代だが、成長した彼にはあくまでその月日は麗しく尊いもの--と語るフォード節に泣かされること必定の名作。オスカーには、作品、監督、美術、撮影(A・ミラー)、助演(クリスプ)、装置の6部門で輝いた。当初は西ウェールズでのオールロケが予定されていたが、大戦勃発のため、サン・フェルナンド・ヴァレーに広大なオープン・セットが建てられた。
【引用終わり】
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【同上】:引用始め


今や初老となったヒュー・モーガンは生まれ故郷の谷を出ようとしていた。ヒューは谷が緑だった頃、一家みんなが揃って幸せだった少年時代をしみじみと回顧する。
モーガン家の男たちは、末っ子のヒュー(ロディ・マクドウォール)を除いて皆炭坑夫であった。 父ギリル(ドナルド・クリスプ)を始め5人の兄たちが稼いだ賃金はいつも家の戸口で出迎える気丈な母ベス(セーラ・オールグッド)のエプロンに置く。姉アンハード(モーリン・オハラ)が湧かしたお湯で身体を洗い、食事につくのが日課である。そんな平穏な日々の中で長男が結婚、一家は幸せだった。 披露宴の日、アンハードは新しく谷に赴任してきた牧師グリュフィード(ウォルター・ピジョン)と出逢い、互いに密かに惹かれあう。
ある日、会社が賃金を引き下げた事から息子たちは組合を作ろうとして父と対立する。しかし、老いた父の反対にあって彼らは家を出てしまう。 やがてストライキが起こり、ストに反対した父は仲間たちからの非難を浴びる。吹雪の中の野外集会で夫を非難する連中をやりこめた母は帰りに川へ落ち、助けようとしたヒューは重症の凍傷になってしまう。再び歩けるようにはならないかも知れないとの医師の言葉に絶望しかけていたヒューを救ったのはグリュフィード牧師の愛情溢れる手助けだった。数ヶ月後、ヒューは健康を取り戻し、再び自分の足で歩けるようになる。
ヒューの面倒をみたことからモーガン一家と親しくなったグリュフィード牧師は、アンハードを深く愛するようになる。しかしグリュフィードは彼女の幸福を思って炭坑主の息子との結婚を勧め、自分は身を引く。
ヒューはグリュフィードの助けもあってモーガン家で初めて学校へ通うようになる。しかし隣町の学校では教師もクラスメイトたちもヒューを炭坑夫の息子とバカにしてからかい、登校初日からケンカになってしまう。傷だらけで帰って来たヒューを見て谷の人々は憤慨、ヒューにボクシングを教えて鍛える。谷の人々の後押しもあってヒューはガキ大将からも一目置かれるようになり、やがて主席で卒業する。
ストライキは終わったが、炭坑では働き口が激減。谷の人々の心も時代と共に荒んでいた。兄たちは新天地を求めてひとりまたひとりと谷を去っていく。
そしてある日、長男が事故死。ヒューは進学を諦めて炭坑で働き始めた。炭坑主の息子へ嫁いだアンハードは結婚に破れ谷に帰ってきたが、グリュフィード牧師との心ない噂をたてられる。人々の偽善に傷ついたグリュフィード牧師は谷から去る決意をする。その時、炭坑から落盤事故を報せる警笛が鳴り響く。ヒューは戻らない父を案じて、グリュフィードらと共に坑道へ入って行く...。
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【参考リンク】: 我が谷は緑なりき : wikipedia :
English:
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【私のコメント】以下の通り。
この映画の舞台は、おおよそ130年程前の19世紀末のイギリスの地方の炭鉱町で働く人々の日常の生活が、鮮やかに描かれています。斜陽にあった炭鉱の町で、労働ストを巡り、人々の心が分断されていくのである。その炭鉱労働者の心の拠り所として、教会で、賛美歌を歌い、共同的団結心を深めて、社会的不条理に対して、団結して、立ち向かって行くのである。その炭鉱で落盤事故が起き、その閉じ込められた人たちの救出に際して、炭鉱労働者の人々が、団結して、人命救出のための方策を適切にとろうとはしないその炭鉱の経営者の方針に対して、閉じ込められた炭鉱の落盤現場に、自らの父親を救出に、身を乗り出し、助けることが出来たと言う物語である。
この中で、この炭鉱を舞台にして、貧困・貧乏であるがゆえに、当時の身分制度の英国社会の上流の人々から、差別されながらも、負けず魂を古い起して、その正義感をもって、幼い時代を、勉学に励み、人生における戦いを描いて、この物語を見るものに対して、感銘と感動を呼びかけてくるのである。 
この敬虔なキリスト教徒の大人数の家族のこの親子の人生の舞台が、やがて、斜陽産業となる炭鉱での労働生活に、見切りをつける子供たちが、新世界をめざして、米国やオーストラリア等に移民していく時代的な背景も映されて表現されている。 このような人々がその活躍する新天地の舞台を求めて、米国やオーストラリア等に移民して、今日の世界各地において、活躍する基本を創生したイギリス人のハングリー精神と開拓魂も、鮮やかに映しているのである。
このような、社会的な閉塞の状況は、現代にも、十分に存在しているのである。 嘆かわしく、悲しいことである。
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【追記】是非、是非このすばらしい映画を鑑賞して頂きたいものです。 ワーキングプアーの若者は、このようなことも不可能なのである。

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